
ほくぎんの歴史小ばなし
加賀藩前田家と北陸銀行のつながり
どうして北海道に「北陸」銀行?
北陸銀行の前身である十二銀行が初めて北海道に進出したのは、明治32年小樽支店開設のときで、国策銀行である旧北海道拓殖銀行ができる約半年前のことでした。北海道開拓の時代、ピーク時には入植者の3割は北陸出身者が占めるなど、北陸3県から北海道への移住は盛んに行われていました。
十二銀行は、北陸の米穀商や海運業者をはじめ開拓地で事業を始めた移住者への支援のために、北海道に進出したのです。その後、札幌、旭川、江別、函館と支店網を延ばし、北海道に根を下ろしていきました。

明治40年頃の石川県から函館上陸の移住者
歴史の舞台にもなった十二銀行 米騒動発祥の地―十二銀行 魚津支店
大正7年(1918年)7月23日、魚津町に、北海道への米の輸送を行うため、「伊吹丸」が寄航しました。
おりからの米価高騰に苦しんでいた漁師の主婦ら十数人が、十二銀行 魚津支店の倉庫前に集まり、米の船積みを中止して住民に販売するよう求めました。
この騒動は、新聞に「越中女一揆」として報道され、県内の他の地区、更には全国各地に拡散していきました。
大阪堂島の米市場の記録によれば、大正7年1月に1石15円だった米価は、6月には20円を超え、翌年7月には30円を超える異常事態となっていた。(当時の一般社会人の月収は18~25円)

十二銀行 魚津支店
現在の本店はいつから今の場所に?
数度の移転・建て替えが行われている本店ですが、現在地に建ったのは、明治16年。当時は北陸銀行の前身である富山第百二十三国立銀行の本店でした(当時の富山市袋町)。現在の本店は昭和36年に建てられたもので、平成25年に国の有形文化財として登録されています。

富山第百二十三国立銀行本店

十二銀行本店

戦後の本店

現本店
- 明治16年(1883年)
- 富山第百二十三国立銀行本店として現在地(富山市袋町)に移転
- 明治32年(1899年)
- 大火で焼失
- 明治33年(1900年)
- 店舗新築(十二銀行本店)
- 昭和18年(1943年)
- 北陸銀行設立。十二銀行本店を北陸銀行本店とする
- 昭和23年(1948年)
- 空襲で一部損壊したため新築
- 昭和36年11月(1961年)
- 現在の本店が完成